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12月, 2025の投稿を表示しています

2025

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  クリスマスが過ぎ、あっという間に年末。 今年は一段と、自分自身に向き合う時間になった。 正直、あまりお金を稼ぐことはできなかったし、 音楽活動のことばかりを悶々と考える毎日だった。 それでも、ライブをやったり、ギターを教える仕事を始めることができたのは、 心から喜べる出来事だった。 悲しくなってしまうので、今もあまり人に話すことができないけれど、 私は、両親を10代、20代のうちに亡くしている。 (ここには、こっそりと書きます。) 二人から受けていた影響はとても大きく、 長いこと、大事な支柱を失ってしまったような気分でいた。 これからの人生をどう生きていったらいいのか、 時間が経てば経つほど、本当に分からなくなってしまっていた。 そんな状況でも、 自分が自分でいられたのは、音楽のことを考えているときだった。 色々なものを一旦捨ててでも、 音楽活動をゼロから始めてみようと思った。 正直、もし両親が今も元気に生きていてくれたら、 歌を歌ったりなんてことはしていないと思う。 今年は、そんな決心をして二年目の年だった。 自分の作品が誰かに届く喜びを知った。 本当の意味で、自分の足で立てるようになるには、  まだまだ時間がかかるかもしれないけど、  その一歩を踏み出すことができた年だったと思えている。

もっと軽やかに

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  先日SNSを眺めていたら、とある芸人さんが 「人や物事に対して、重たいと続かない」 「想いが重たすぎると、続かない」 という趣旨の話をしている動画が流れてきた。 その芸人さんのふんわりとした雰囲気も相まって、確かにそうだと思った。 同時に、自分の心や身体に伸しかかる、ずっしりとした重たさを自覚する。 今まで過ごしてきた時間や経験、積み重ねてきた選択が、決して軽いものであるはずはない。 それも承知の上で、もっと軽やかになれたらなんて素敵なことだろうと思う。 たんぽぽの綿毛には、「別離・別れ」という花言葉があるらしい。 綿毛が風に乗って軽やかに飛んでいく様を想像すると、 それは悲しい言葉ではないように感じる。

ここ

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  過去も未来もなく「現在」だけを見つめて生きていた瞬間が、 私にもきっとあったのだと思う。 しかし今となっては、ただ "今だけ" に身を置くことが驚くほど難しい。 たとえそれが明るく、幸せなものだったとしても、 積み重なっていく過去と形の見えない未来に圧倒され、 身動きがとれなくなる自分がいつもどこかにいる。 「今そこにないもの」について考えることが、私はとても苦手だ。 『ここ』という曲は、 一年以上も前に布団の上でふっと生まれた。 短い曲なので、セットリストの一曲目に置くことが多い。 振り返ってみれば、私はこの曲を歌うことで、 過去と未来の間で揺らぐ自分を そっと「現在」に引き戻していたのかもしれないと思った。 時を経て、曲は自分の手もとから少しずつ離れていく。 その過程で、自分で書いた歌詞は別の表情を見せてくれたりする。 私自身も刻々と変化をしつづけている確かな証拠だ。 気がつけば、自分にとってこの曲がとても大きな存在になっていた。